釧路×ダイエット×釣りを。【パート1】

恐怖である。

いや、別に旅先での自らの舌禍に大してではない。そんなものはとっくの昔に織り込み済みだ。怖いのは「体重計」である。

もう、ほんとパンパンに食べまくったからね。デブが本気出した貪欲さは見張るべきものがある。我々グリードになると、食物を「kg単位」で、目分量で推量できるようになるからだ。そもそも、体重が100kgを超過しているので「0.1t」。我ながら恐ろしい。

釧路に行くと、毎回伺う、朝食バイキング。いくらや海の幸などが朝から食べ放題!

一応、だいたい旅に出るにあたって、僕の場合は厳密に「メリット・デメリット」について精査を行なう。行動はガサツではあるが、その辺りの思考はシビアに。

メリットは「楽しい」。

僕の場合、釧路は「魚釣り」に行っているので、魚影が非常に濃く入れ食い状態の海で竿を出し、釣り上げた魚を軸にした夕食をいただくというのは理に叶っているし、経済的でもある。旅の最大のデメリットの一つは「コスト」なので、自給自足状態になれることはキャッシュフロー的に美しい。

で。そんな「毎日魚釣り」を楽しむことができるので、自然と歩く歩く。1日に使うカロリーは通常より1000キロカロリー以上消費し、3800カロリーを超えることもざら。なんせ0.1tの重りをつけて移動しているのだから、ほんとデブをなめてはいけないと思う。色々な意味で。

Fitbitは本当に便利!運動だけじゃなく、睡眠の長さや深さも教えてくれる。

「109kg」

あれだけ満腹毎日を過ごしていたけれど、やはり消費カロリーが高かったおかげで、ダイエットには繋がった。もちろん、0.1tにとって、5kg程度は誤差の範囲内ではある。とはいえ、やはり結果に対しては素直に喜びたいし、記したい。

そして今日、無事に帰ってきた。なんだかんだ言って、原稿を書くのはやっぱり自宅が良かったりする。。200kgの荷重に耐える、1日16時間座りっぱなしでも全然おしりが痛くならないゲーミングチェア的な椅子もあるし。

そんなダイエットの喜びの中。。。

そんなダイエットの喜びの中、帰宅後すぐに、なぜかドロドロの豚骨が美味しい「無鉄砲」に行ってしまった。何だか台無し感。

最終日に釣れたクロソイがこちら。

一応、釧路の記事だし地方経済についても。

コロナ禍の中でも、地方都市のいわゆる夜の街は賑わっている。ただ「東京の人は禁止」と店先に張り紙があるなど、なかなかヤバめのコンプライアンス意識である。これは釧路に限らず、「東京と地方」で大きく違う。地方だと、未だに普通の飲食店でランチ後にみんなが食べている店中でタバコを吸ってるジジイがいる。

北海道は全国に先駆けて「非常事態宣言」を出したこともあり、コロナ禍における日本型ロックダウンの事例に良く用いられる。この辺りは、次回にでも。

沖縄1週間の旅、全額5万円以内だった件。

コロナ前、割と旅していることが多く。「凄いですね」的なことを言われることもたんとあったのだが、この程はっきりさせておきたいのは、「相当コストダウンな旅ですよ」ということ。

そもそもなのだが。私の場合「旅先で原稿を書くなり、なんなりをしている」ので、実は「旅」ではない。生活拠点を移しているだけの話。しかも泊まる宿は「仕事ができるゲストハウス」なので、ランニングコストは抑えられる。「環境が変わるから、家にいるより作業効率上がるよね」みたいなテンションで赴いているのだ。

そして食費。ここがおそらく旅で一番お金がかかってくるところだと思う。長期滞在なら特に。私はだいたい、その地のものを扱っているスーパーに行って、ゲストハウスで料理をして食している。これだと、「外食だとあり得ない金額に跳ね上がる」ところを「せっかくだし現地の食を楽しみたい」という欲望も満たすことができる。

こうしたやり方を追求していった結果、数年前に行った沖縄では、向こうに1週間も滞在したにも関わらず、総額5万円以内で収まっている。一度、飲みに出かけた散財があったのでそれが無ければ、4万円以内に抑えることができた計算だ。我ながら素晴らしい。

そんな訳なので、私がお出かけは非常にコスパに優れている。そんなことが好きなのだ。

交流が楽しめるゲストハウスは、ただただ楽しい。

妖怪と歴史が好き。

アクセスで「妖怪」と「今昔物語」が非常に多いもので。こちらについて書いてみようかなと思った次第です。

私の結論は「日本人の根本思想にユニークさがあって、他民族は既存の神々を完全なる悪に仕立てて、新しい神や仏を受容したが、日本人は既存の神々を“妖怪”というユニークな存在として取り入れていった」というもの。

これは私の持論で、今も変わっていない。

日本人は言うまでもなく、面白い民族だ。

西洋と比べて「真面目過ぎる」と言われるが、アイツらのスタンドアップコメディーなんて、日本のお笑いから見たら1000年以上は遅れている。言うまでも、日本はミラクルピースと言われた江戸時代にお笑いは熟成され、その後も進化を続けていったのだ。

そしてそれには「日本語」も大きく寄与している。日本語ほど、お笑いに向いている言語はないのではないかと思うほどに。イエス・ノーがはっきりしている英語なんてのはビジネスにおいては完璧だろうけど、情緒が無い。その点色々と“フワッとした”語感を持つ日本語はお笑いに最適であるように思う。

お笑い至上主義のワタクシ。

もともとお笑いに適した言語に対して、ユニークな根本思想、さらに熟成する期間がたっぷりとあり、なおかつ消費者がお笑いに対して貪欲、そしてさらに芸人たちの自己研鑽と競争が凄まじい中で独特の発展をし続けているのが日本のお笑いであり、西洋人なんかには理解できない深い文化だ。私が日本に住んでいるのは英語が苦手というハンディキャップもあるが、この熟成された“お笑い文化”の存在が大きい。てか、それだけかも知れない笑。日本語と、お笑い以外は別に日本に魅力は感じないし。。。

話が妖怪と今昔物語から結構逸れた。

妖怪と言えば、水木しげる先生がトップであることに異論を唱える人はほぼいないだろう。その前だと江戸時代の鳥山石燕にまで遡る。水木しげるは鳥山石燕をベースにしながら、オリジナルで妖怪を創り上げていった。そこには戦争という異常空間の中で生じた“空想世界の経験”を水木しげる自身が体験したことも大きいと思う。

今昔物語は説話集だ。

「あるところに、こんな話があった」みたいなもの。今で言えばネット掲示板辺りで書かれているエピソードをまとめたものに近い。だから、今は“バズった話”が1000年後には“説話集”になっていることだろう。そう考えて読み込むと興味深いので、ぜひ一度読んでみて欲しい。奇想天外、“この話、ほんまかいな?”や“絶対、盛ってる”などとツッコミ満載なところも、現在の掲示板やらTwitterやらでバズってる内容と酷似している。

これも私の持論だが「結局のところ、人間は本質的には変わらない」ということだ。テクノロジーの発展や、時代の流れなどはあるけれど、根本的にやってることは変わらない。技術革新や時流によって「呼称などが替わるだけ」である。

歴史は常に繰り返す。

歴史を勉強すると、実は人間が決して「進化」しているわけではなく「成長」をしているのだということを学ぶことができる。だから、歴史を勉強することは面白い。

行動経済学と、コロナ禍と。

端的に言うと「人間は必ずしも、経済的に合理的行動をとるとは限らない」というのが、行動経済学のロジックらしい。最近、やたらと読み始めた行動経済学の本を突き詰めると、どうやら「論理的に解くことができる最適解があるにも関わらず、人間は感情で動き、非合理的的な選択をする」ようだ。

コロナ禍を見てると、まさにそれで。みんな「危ない」ということに目をつぶって活動をしているように見える。車の運転でも、多くの人が「もしかしたら、自転車が倒れてくるかもしれない」「脇道から子供が飛び出してくるかもしれない」と思って運転しているはずだ。しかし、今のコロナ禍では「周りが全員赤信号を無視して、飛ばして走っているから自分も大丈夫」と自らに思い込ませて非合理的な選択をしているようにしか思えない。

言うまでもなく、コロナの正体はまだ不明であり、症状も詳しくは解明されていない。起こっている現象としては「重症化したら死に至る」「重症化したら一生、肺機能に障害が残ったままになる可能性がある」という重篤な事態が待ち受けているということだ。確かに多くの人が、罹患しても無症状かつ病状も無い状態で健康に過ごしている。しかし、「もしかして、自分がなる可能性」はある。それは、車の「かもしれない運転」と同じで、可能性を鑑みると、何もない可能性も高いけれども、非常に危ない可能性も割とあるわけだ。世界的に見て、致死率は3.9%(2020年7月30日現在)。決して低すぎる数字ではない。

でもみんな、普通に動き、暮らしている。まるでコロナなんて無かったかのように。中には「コロナは騒ぎすぎだ」という人たちも世界中で拡大し始めた。「かかっても軽症」「わざと感染して、集団免疫を獲得すれば良い」というのが、彼らの論理の軸になっているように感じる。ただ、彼らは解っているのだろうか?「集団免疫=死を代償として伴う」ということに。過去、ペストやコレラなどの疫病と戦ってきた人類は、確かに集団免疫を得た。しかしその過程でおびただしい数の死者を出してきたのだ。ペストの死者は約5000万人と言われている。当時の人口の4分の1が亡くなっているのだ。

今回のコロナ禍の動きを見ていると、ロックダウンや非常事態宣言がかかる前の時点までは、みんな侮っていた。私もそうだった。当時のNewsweekなんかを見ても「騒がれすぎだ」いう論調。そこからロックダウンや非常事態宣言という自体に陥ったことで一気に「危ない」という論調に変わっていった。そして今、2020年7月30日現在では、再び「騒がれすぎだ」という潮目になってきているように感じる。

私は、もしかしたら確かに「騒ぎすぎ」かもしれないが、それであっても、日々車のハンドルを握る時と同じように「かもしれない運転」で生きていく。

ドラゴンクエストタクトをやっている。

なんか非常事態宣言下ではTVゲームが流行っていたそうで。ま、私もやってたんですけども笑。ただゲームは基本、時間持ってかれるんであまりやらないようにはしていて。最近だとパソコン上で幅広いTVゲームソフトができる「Steam」でモンスターハンターワールド・アイスボーンとスナイパーゴーストウォリアーコントラクトを合計500時間程度やったくらい。※いや、結構やってるなオイ。

ただ、スマホでやるソシャゲはガチャの仕組みが大嫌いで基本、「やってない」感じなんだけど、ドラゴンクエストタクトは現在、割とやってる。

そもそもゲームはストラテジー系が好きでして。信長の野望なんて“気がふれるんじゃないか?”というレベルでやりこんできている。あとはストラテジー型RPGとしてはファイアーエンブレムとか超好きでして。ファイアーエンブレムは全シリーズやってると思う。あ、ソシャゲ版は面白くなくて、1分で辞めたけど。

そんな中、割と待ちに待っていたドラクエのストラテジー系RPG、ドラゴンクエストタクト。実は日経CNBCとかを見てると「開発に関わっている『Aiming』の株価がジェットコースターのように動き、騒がれている」と取り上げられている中で知ったというのがあり。そういう意味でも、とりあえずやっているわけなんです。

結論からいうと。「面白くないわけじゃないんだから、重課金者から金を巻き上げる仕組みじゃなくて、ちゃんとしたゲーム方式で販売してくれよ」という感想。基本は無課金でできるんだけど、ゲームの中で使われている戦略型AIが「いや、わざと課金させるために下手に動かしてるだろ」というゲームなんですよ、これが。チェスや将棋なんかのゲームに対して人間がAIに負けるくらい、AIの能力が高いことは証明されているし、最適解を導き出すのはAIにとって十八番であり、容易なはず。それが、むしろ自軍を全滅に追い込むという無茶な戦略で自滅させられていくという笑。それが嫌ながら、課金でキャラクターを強くするか、ちまちまとした作業をしていくか…になります。

ま。どうせこちとら無課金なので、「あんたは客じゃない」ということだと思うし、それはその通りなので全然いい。タダで遊ばせてもらっているのだし、文句があるならやらなければ良い話だからだ。

「Aiming」は監視銘柄から外し、というかそもそもデイトレを辞めたので日々の株価を追いかけることはないけれども、どうなることやら。。。とは心のどこかで思ってはいる。

そしてさあ、今日の深夜。27時からはFOMCですね。現状維持でサプライズ無しだと思うけど、もしネガティブサプライズあったら良いなあ…なんて思っている、ベアな私でした。

コロナ感染者が増えている?そりゃ当たり前だよ。

ここへ来て、コロナ感染者が急増し、GOTOトラベルも無茶苦茶な感があり。割と騒いでいる人がいるのだけれど一言で言えば「当たり前」の話だ。

だって、そもそも何も解決していない状態で各国はロックダウンを、日本は非常事態宣言を解除した。そりゃ、普通に感染者は増えるに決まっている。

そこへ来てGOTOトラベルの二転三転。二度目の「そもそも」だが、何も解決していない状態で強引に人を動かそうと思えば、感染リスクが高まるなんてのは言語を理解できるようになった子供でもわかる論理だ。それを大の大人たちが、一応「選良」と呼ばれるような政治屋たちがわからないなんてことはないはずだ。となると、「わかっていて、やってるよね?」という当然過ぎる疑問が出てくる。

意図的に「東京を、急にGOTOトラベルから外す」ってやってるなら、完全に東京都のトップと国の齟齬が政治的に使われているだけのことになる。本来、コロナで大変な時に妙なつばぜり合いなんてしてる場合じゃない。でも、緊急事態の中で生まれている“緩み”により、こんな余裕が生まれてしまっているのだ。

それはなぜか?大きいのは「コロナバブル」と言われる、世界中の株高に見られるような金融資産の膨張だ。言うまでもなく、これは緊急的な金融緩和のあだ花でしかない。スーパーバブルと言われていた2019年、2020年前半から「コロナショック」が起こり、そこに世界中のマネーがジャブジャブ注ぎ込まれた結果、「絶対有り得ない」というレベルのバブルが起こっている。これはハイパースーパーウルトラ超絶バブルとでも言うべきものであって、これが弾けた時のショックは、リーマンショックを超えるのではないかと想定している。具体的には、日本の「失われた20年」のような低成長期が、世界中で起こるイメージだ。今でこそ、日本の株は「買っても上がっていく」イメージだが、失われた20年の間、アベノミスク以前は「買ったら、下がる一方」という地合だった。

こうした「絶対有り得ない」レベルのバブルが、本来はもっともっと緊張感を持って物事の対処や、政治の立案~即実行に当たらなければならない局面であるにも関わらず、しょうもない論争で時間を浪費するような“緩み”になってしまっているのだ。

ただただ愚か…としか言いようが無いのだけれど、時代とはそういうものかとも。そして外はセミが鳴くほど暑い。ステイホームの、人生ソーシャルディスタンスにならざるを得ないような日々である。

お金より大切になっていくもの。

本当に概念的な話しなんですけれど。


まずは基本的なこととして、「インセンティブはお金だけじゃない」というのがあります。特に今の若い子たちってそうで、お金よりも「承認欲求を満たされること」や、「他人から感謝されること」に重きをおいてるんですよね。これって、親世代がお金だけの資本主義にどっぷり浸かっているのを見てきた若い子たちによるアンチテーゼでもあり、恵まれすぎた環境で生きてきたからでもあるという背景があるとは思うのですが、結果として「お金以外のところにインセンティブを感じる」というメンタリティの素地は、以前と比べると既に拡大していると思います。

これは、先進国全体でそう。そして、ちょっと違う話だけど以前、障がい者が働く授産施設に取材に行った時、(健常者と比較しちゃうと)低い生産性にはなっちゃうんだけど、生産性やお金ではなく「社会にコミットしてることが、ここで働いている人のやりがいです」という言葉は重かった。

人は本来「社会的動物」であり、「社会に何かしら役立ちたい」という本能がある。しかし、それがいつのまにか「個人がお金を儲けることだけ」にすり替わっていったことに悲劇があるのだ。資本主義の本質はあくまでも「社会に貢献した分、お金も多く社会からもらえる」という原則だったはず。しかし、その原則はとうの昔に破壊されてしまい、今のような闇の状況になっていってしまっているんじゃないかなあと。

もう一つだけ。それは「知」。
お金ではなく「知」に重きを置く風土は醸成されていますし、これをもっと加速させて行けばいいんです。卑近な例だと「高級クラブで上っ面の話しだけする」よりも、「気の合う仲間とファミレスのフリードリンクでディープな話をフルスロットルでしまくる」みたいなイメージでしょうか?

本質的な「知」は、お金の価値なんて凌駕しちゃいます。そして、その時はもう目の前まで来てると思います。こっから先は「相対評価の代表であるお金」ではなく、「絶対評価である、自分とその仲間たち。あるいはこれまで知らなかった未知の知」の方が重要視される時代が来ると僕は以前から思っていました。それが、このコロナで加速度的に進みそうだなと。ただ前提としてベーシックインカムは必要だなとは思いますが。ライスワークから開放された人々が次に求めるのは、ライフワークですし、それは「お金」による評価ではなく、他人からの称賛や喜びの声といった本来の姿に戻るのではないかということを感じます。

あとは今、行動経済学にハマっているので、そこからも一つの道が見えるかもしれません。そんなことを感じる、初夏。

コロナバブルが色々しんどい。

世界中の株価がバカみたいに上がっている。実態は何も変わっていないのに、ただただ需給だけで上げていくこの相場は完全に「コロナバブル」の様を呈している。

しんどいなって思うのは、これでアメリカの富裕層が「62兆円の利益を出した」という報道がある一方で、「雇い止め」や業績不振により極めて困窮な状態に追い込まれている人たちも非常に多いということだ。

格差社会とは言われているが、ここまで露骨に瞬時に露呈したという事例も珍しいと思う。世界中で起こっているデモに対して「困窮者たちが、社会に対してうっぷんをぶちまけている状況」という報道にも、一理どころか八理くらいはありそうだ。

この状態でヘリコプターマネーを追加しても、経済がコントロールできないレームダック状態になる可能性も高い…とおそらく専門家たちは考えるだろうから、本来は救われるべきところにお金がほとんどいくことなく、さらに富裕層が肥えていくという事態が想定される。

このコロナバブルがどこまで続き、どのように弾けるのか。注視する日々を過ごそう。

「何したらいいかわからない」という若い子が、とても多い。

本当に多いです。こういう事例。

まあ「日本は恵まれすぎてるから」感は、めっちゃあります。選択肢が多すぎるから悩むんだろうなって。若い子の悩みって「何がやりたいかわからない」って人が多すぎる!

結局の所、選択肢過多なんですよ、日本は。アフリカの友人とかに話すと「いや、私の国は普通に仕事が無くて、兄弟が死にます。日本は天国だ」と。

義務教育時点で、ざっくりとでも「自分が向いていること、好きなこと」くらいは把握できるような教育が必要だなって思います。

そもそも、国語・数学・理科・社会・英語を全部教える理由ってのは「職業選択の自由」を担保する理由で、高校・大学ってところは職業に必要なスキルや教養を積むところなんですよね。

それが形骸化してるってのが、日本の現状。

自分探しできる余裕は、本来は大人になったら無い。でも、日本だったら可能だ。

素晴らしい環境だと思うんだけどなあ。

わけがわからんけど、上がりよんよ。

ね。千鳥風に読んでくださるとうれしい昨今です。言うまでものなく、日経平均が強い。笑う。世界中がコロナバブルの様相を呈していて。

基本ベア派なので、売り玉を作ってはいる。いるけれど、上げのモメンタムの強さは異常なので、もうこっちはマシンになるしかなく、予定のところまで来たら淡々と仕入れる戦略です。

異常上げの理由は色々言われているけれどやっぱり「売り方の買い戻し」が多い。とにかく売りが焼かれている。もうこんがりしていると思われる。

結論的なものは出ないけれど、とりあえずは来週のMSQ待ちで、そっからモメンタムが変わるか…ってとこくらいかな。こっから「バブル相場がさらに加速する」となったら、何にせよ仕掛けが早すぎた笑。

コロナの暴落分をほぼ取り戻した株価だけど、コロナ前の時点で完全にバブル相場。そこにwithコロナ状態であるにも関わらず、戻した日経平均。ダウもそうだけど、世界中がバブル化している。いつまで踊りが続くのやら。。。