なんていうんでしょうねえ。いや、まあお笑い大好きっ子としては色々思うわけですよ、それなりに。 えと、ちなみに 雨上がり決死隊の宮迫博之とロンドンブーツ1号2号の田村亮さんについては、別に好きな芸人さんでは無いので、個人に対しての思い入れは正直、無いです。

ただ、メディアの取り上げられ方や、世間からのバッシング、プロダクションとタレント、リスクマネジメントの観点とかなどからみるに、やっぱり思うところは大きく。

細かいところでいえば、名称。アエラなどを始めとした大手メディアは、ほぼ「宮迫」と呼び捨て。ただ、日経新聞だけは「宮迫さん」と敬称をつけていて。 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO47588730Q9A720C1CC1000/

ここについては、日経新聞さんの表記が100%正しいと思う。だって、別に今回行なわれた「直営業」そのものに違法性は全く無いわけだから。犯罪にはかすりもしない。そもそも「直営業」を「闇営業」という“業界用語”を、一般メディアが使うこと事態に気持ちの悪いものを感じる。

「直営業」がNGな理由は、今回のようなケースを避けるため。

「直営業」のリスクは、まさに今回のケース。一個人では、取引先を“審査する力”が、圧倒的に低い。吉本の場合は、ギャラの取り分について「9割プロダクション、1割芸人」と公然と語られているが、その9割の取り分の中には審査を行なうことと、仮に審査で見抜けなかった場合のリスクは、プロダクションが負うということが含まれている。ところが「直営業」をしてしまうと、ギャラは100%もらえるけれど、取引先が反社会的勢力だった場合のリスクも100%背負ってしまうことに。まさに、此度の事案。

しかも今回は、反社会的勢力のパーティーに出て、小遣いをもらったというだけ。「芸能人が広告塔になって、積極的に詐欺に加担していた」という過去の“事件”と並べてみれば、比較できないレベルのことでしかない。

平成電電、近未来的通信、エル・アンド・ジー、豊田商事とか、芸能人が広告等になり、積極的に詐欺の片棒を担いだ事例は枚挙にいとまがない。平成電電については、日経新聞に投資を募集する広告記事まで出ていたことを覚えている。それをみて、当時学生だった僕でさえ、「こんな怪しいところに、お金を突っ込むやつがいるのかね」と思っていたのだけれど、結構被害者は多い事件となった。 ITバブルが華やかりし頃だったの“IT”と付けば、よくわからんものにも値段が付いていた時代ではあった。

まあ結局の所、平成電電はポンジ・スキームであることが早々に発覚し、詐欺容疑で経営者が逮捕されるという“事件”になった。

日経新聞の審査でもわからないような“詐欺集団”を、一個人が見抜くことはほぼ無理。

広告代理店にせよ、新聞社にせよ、TVにせよメディアには「審査」という機能が備わっている。特に日経新聞なんて、その筋のプロが集まっている会社だ。そんな組織ですら、詐欺であることを見抜けなかったのだから、個人がそれを見破るなんてのは、実質無理だと思う。

そう考えると、今回の「直営業」の騒動は、“個人の迂闊さ”というところに帰納する。で、“個人の迂闊さ”ということに対してで言えば、今のバッシングはどう考えても行き過ぎ。プロダクションが「直営業」を禁じており(こういうリスクの潜在をヘッジする意味でも)、それを破ったせいで、もっとも起こってはならないことが起こってしまったことは事実。でもそれは、プロダクションとタレントの間の話であって、世間がここまでバッシングするようなことじゃない。

けど、宮迫さんのリカバリーは下手ではあると思う。

ただ、リスクマネジメントの観点からすると、今回の騒動は頂けない件が多い。先程書いたロジックで言えば、「直営業」をしてしまった以上、その責任は「個人」にある。だから、そのリスク──今回で言えば、お金をもらったのが詐欺集団だったこと──からこうじてしまった“世間からの批判”については、プロダクションに任せるのではなく、あくまでも早急に“個人として、釈明会見を開くべき”だったのだ。

そこを、自分で勝手に「直営業」をしておきながら、その責任の所在をうやむやにしようとするから、こんなことになる。

しかも記者会見で、「プロダクションから、脅された」なんてことは、あったとしても言うべきじゃない。筋が違うからだ。

なんだろうな。お笑い好きとしては、ペニオクの連中とかも集めて「お先棒を担いだ芸人」ってのを一発かませてくれたら別にOKみたいなところはあるけど、それこそ“世間”ってのは許さないんだろうな。

──さあ、そして明日は選挙ですね。