奄美大島に行ってきた。非常に美しく、魅力的な南国。住んでいる京都とは違って、気温は17度程度。暑がり&太っちょの僕はほぼ半袖で過ごしていた。お世話になったのは、ゲストハウスロングビーチ。ドミトリーではなく、基本的には個室でプライベートが守られつつ、価格はゲストハウス価格でリーズナブル。今回は9泊した。毎日、旅人や地元の人達、ゲストハウスのオーナーさんと飲み、しゃべりまくりの9日だった。我ながらよく通る声でのまくし立てるような早口だから、僕が帰ったあとは、多少静かになったかも知れない。まあ、自覚はある(笑)

僕が旅に出る理由はだいたい2つくらいあって。ひとつはダイエット。もうひとつが地域経済の取材である。ダイエットに紐付いて、魚釣りが入ってくる。で、北国と違って南国の魚は冬場は活性がかなり落ちるようで、釣果は1匹。早々に釣りは諦めて、生まれて初のテニスに挑戦などしてみた。非常に良い。

手にしているのは、ラケットである。決して、大きめのしゃもじでは無い。

奄美大島の最大の魅力は「人の手が入り過ぎていないこと」。今回は繁華街とされている「名瀬地区」に行かなかったこともあり、自然を満喫することができた。但し、夜の山は普通にハブが出るらしいので、夜に野生動物を観に行くなどの場合は、自己防衛と自然保護の観点から現地の観光ガイドさんについていくことがマストだと思う。

今は「人の手が入り過ぎていない」と感じる奄美大島だが、その歴史は自然的ではなく、極めて人為的な権謀により動かされてきたことを、今回の取材旅では知ることができた。奄美大島は江戸時代、薩摩藩のほぼ植民地状態であり、第2次世界大戦後はGHQによる統治が行われるなど、都度の権力者による搾取があった悲劇がある。一方で、そうした状況下で培われた人々の強かさは現地の方にお話を伺う中でも感じることができた。たとえば方言の「しまぐち」は難解な言語であり、奄美出身者でなければほぼ初聞ではわからない。この「しまぐち」を暗号として用いることで、時の為政者たちの圧政の中で情報を共有したという。それを防ぐために「しまぐち禁止」とされて時代もあった。今は、「しまぐち」が文化として残されている。

また、日本が発展途上の際には、奄美大島の木々が線路の枕木に使われることとなり、多くの山がハゲ山になったという。地方が都会の犠牲になるのは、いつの時代も変わることは無い。

南の島に行くといつも思うのは、「ただ楽しいだけ」じゃないということ。沖縄であれば本土決戦による日本軍による虐殺や島津藩による圧政による悲しい事実を聞く。そして、石垣島に行けば「琉球王国に虐げられた」と記載された書物に会う。その先の八重山諸島(先島)と言われる島に渡れば、「石垣島から圧迫された」とある。自分たちより弱いものに対して圧が向かうのは、社会の習いであり忌むべき人間の本質であるとも感じた。

・・・とまあネガティブなことを書いてるけれど、ちゃっかり普通に楽しんでもいる。海はとてつもなく綺麗だし、ウミガメもいるし。ウミガメがどこにいるかについては、島で活躍されているガイドさんなどに聞いてほしいと思う。