普段から人間は、「平時の時に役立つ人材」と「戦時に役立つ人材」にわけられると思っていて。戦国時代終期の前後、江戸から明治時代の前後、昭和の戦争の前後と、それぞれのターンで活躍するタイプは違う。戦国時代がわかりやすくて。たとえば石田三成。これは豊臣が天下を統べる終盤で出てきた武将だ。完全にこうした武将が、平時には役立つ。言われたことをコツコツと真面目に推し進めることができる、いわば「官僚タイプ」である。

しかし、いざ戦になれば世界中の戦略家が“勝てる陣である”と言わしめた局面であるにも関わらず、大敗北を喫した凡将となってしまった。

逆に前田慶次などは「戦時中に活躍したが、平時は隠遁生活」を送っている。こうした武将を上げていくと、きりがない。

なぜこうしたことが起こるかというと、平時と戦時では、求められる資質が全く違うからだ。戦時であれば、多少の間違いをしても瞬間瞬間で判断し、推進する力強さが不可欠だ。もっと言えば、「周りを巻き込める独裁者タイプ」が力を発揮する。逆に平時はミスを犯すことなく、周りと調和して物事を着実に進めていく、調整型が用いられる。

会社のフェーズでもそう。シード期に求められるのは、とにかくガッツ。変人扱いされようが「人とは違う輝き」を持った人材でないと、組織をイチから創ることは難しい。野武士みたいなタイプを思い浮かべると、イメージしやすい。たとえばTVゲームなんかでいうと「こんな面白いもの創りたいよね」という強い意志と発想力、技術力が必要だ。そこから組織が大きくなるに従って、「調整型・官僚型」の登用が始まる。組織を維持し、護るためだ。ただ、その頃には、「野武士タイプ」は煙たがられるようになり、だいたい辞めていく。TVゲームで言えば「昔は尖ってたけど、今は安定してマイルドな内容になったよね」となる。それが成功する場合もあれば、「昔のほうが良かった」と失敗するケースもかなり多い。ただ、「必要とされる人材の資質が違う」ということは確かだ。

──とまあ、色々書いたけれど。結局の所、徳川家康なんて、戦時も平時も強かったし、伊集院光さんだっていっつも活躍しているわけだから、どっちでも戦える人ってのが、本当に凄いなって思いますけどね。