本当に概念的な話しなんですけれど。


まずは基本的なこととして、「インセンティブはお金だけじゃない」というのがあります。特に今の若い子たちってそうで、お金よりも「承認欲求を満たされること」や、「他人から感謝されること」に重きをおいてるんですよね。これって、親世代がお金だけの資本主義にどっぷり浸かっているのを見てきた若い子たちによるアンチテーゼでもあり、恵まれすぎた環境で生きてきたからでもあるという背景があるとは思うのですが、結果として「お金以外のところにインセンティブを感じる」というメンタリティの素地は、以前と比べると既に拡大していると思います。

これは、先進国全体でそう。そして、ちょっと違う話だけど以前、障がい者が働く授産施設に取材に行った時、(健常者と比較しちゃうと)低い生産性にはなっちゃうんだけど、生産性やお金ではなく「社会にコミットしてることが、ここで働いている人のやりがいです」という言葉は重かった。

人は本来「社会的動物」であり、「社会に何かしら役立ちたい」という本能がある。しかし、それがいつのまにか「個人がお金を儲けることだけ」にすり替わっていったことに悲劇があるのだ。資本主義の本質はあくまでも「社会に貢献した分、お金も多く社会からもらえる」という原則だったはず。しかし、その原則はとうの昔に破壊されてしまい、今のような闇の状況になっていってしまっているんじゃないかなあと。

もう一つだけ。それは「知」。
お金ではなく「知」に重きを置く風土は醸成されていますし、これをもっと加速させて行けばいいんです。卑近な例だと「高級クラブで上っ面の話しだけする」よりも、「気の合う仲間とファミレスのフリードリンクでディープな話をフルスロットルでしまくる」みたいなイメージでしょうか?

本質的な「知」は、お金の価値なんて凌駕しちゃいます。そして、その時はもう目の前まで来てると思います。こっから先は「相対評価の代表であるお金」ではなく、「絶対評価である、自分とその仲間たち。あるいはこれまで知らなかった未知の知」の方が重要視される時代が来ると僕は以前から思っていました。それが、このコロナで加速度的に進みそうだなと。ただ前提としてベーシックインカムは必要だなとは思いますが。ライスワークから開放された人々が次に求めるのは、ライフワークですし、それは「お金」による評価ではなく、他人からの称賛や喜びの声といった本来の姿に戻るのではないかということを感じます。

あとは今、行動経済学にハマっているので、そこからも一つの道が見えるかもしれません。そんなことを感じる、初夏。